現在の美の過剰は戦いに備えているのだろうか

秋になるとsmithが聴きたくなるので今ずっと聴いてる。

applemusicでsmithからこれもおすすめみたいな感じですすめられポチポチ聴いていったら、cocteautwns、ついにはマイブラにたどり着いた。

なつかしいなあ・・・なんて思ってふと感じたのが、最近自分に入ってくる情報が綺麗すぎる気がした。完成されたものを無意識に選び取り入れるのはファッションの世界でも同じで、嫌気がさしていた近頃。

足りないのはノイズだな、とマイブラを聴いて確信した。音楽は詳しくないのでまじノイズを聴いてるひとからしたら鼻であしらわれるのかもしれない。

けど自撮りなどみていてフォーマットにはまったかわいい、エロ、美しさにとらわれている感じにモヤモヤする。ブスがブスを貫いてもいいんじゃないのかなーなんて思う。醜さはノイズで、それもかき消してしまうとはて、この先に何があるんだろう。

峠をドライブしてたときに聴いていた音楽が誰かは忘れたけど、ザワザワとしたノイズで、自然にはやっぱノイズが合うんだよなあって言われてハッとしたことをたまに思い出す。いま私をとりまく環境が整いすぎてる。不自然なんだな。

そして何か落ち着かない暴力的な感覚も感じる。ファッションから始まり、同じ型にはめられ国民みんながきたるべき戦いに備えて兵隊になっているかのような怖さ。なにが始まってしまうんだろう。

だからか思い出補正なのか、マイブラみたいな音楽を聴いていてとても落ち着く。すごい世の中になったな。

おもいついた感情を書きなぐっているのでこれはのちのち整理して書きたい。